セルロイド眼鏡 『歩』“AYUMI”

掛けやすさへの飽くなきこだわりから生まれた 『歩』“AYUMI”の話

福井県での眼鏡工業の歴史 その ①  の巻


この道は、私の好きな道。


まっすぐに進むと

突き当たりの山は、文殊山(もんじゅさん)

 私は、まだ登った事はありませんが、

この山の本峰に泰澄大師が安置したという文殊堂があり、

知恵を司る仏様 文殊菩薩が画かれているそうです。

この道をずっと行くと、

DSCN2106.jpg

この文殊山のふもとに福井市生野町(しょうの ちょう) があります。

福井市生野町は、福井県の眼鏡業が始まった場所でございます。




私たちは、今という毎日をとにかく忙しく送っていますが、

ふと考えてみれば、

過去からの時間と、これから進んでいく未来の時間とがつながっている

大きな流れの上に乗っているのだと気がつきます。


過去の先人達の歴史を知り、

現在を把握し、

未来を考える。

今、それが必要なのではないか と思いました。





1971年に発行された  福井県眼鏡史  (非売品)

2005年に100年を記念して発行された めがねと福井 (発売 福井新聞社)

これらを基に、福井での 眼鏡工業の歴史をまず学んでみようと思います。

DSCN2101.jpg

これから、何回かに分けて、このブログでわかりやすくお話できればと

考えております。

皆様の掛けてくださっている福井県の眼鏡について、

少しでもご存じいただけたら、幸いです。




それでは、今日は、まず自分達 マコト眼鏡 について

ご紹介いたしましょう。

福井で、眼鏡産業が始まったのは 1905年(明治38年)

今年で110年目を迎えます。


福井県の眼鏡工業の祖 増永五左エ門 が始めた最初の工場を

直接引き継いでおられるのが、 増永眼鏡 さん です。

(光輝 や KAZUO KAWASAKI などの眼鏡 で おなじみですね。

まさしく MASUNAGA1905 という直営のショップもございます。)



我が マコト眼鏡 の創設者 増永誠(現会長)の母は、増永五左エ門の長女でしたので、

当社の会長 増永誠も長い間  主家  増永眼鏡さんで修業させていただいてから、

独立して、マコト眼鏡を 1970年 設立いたしました。



増永五左エ門の眼鏡作りには、根底に流れる精神がございまして、

いわゆる マスナガイズム

以下の言葉は、増永眼鏡さん の社是 として110年の間 引き継がれて

いるものです。

「当社は、良いめがねをつくるものとする。
出来れば利益を得たいが、やむを得なければ損をしてもよい。
しかし常に良いめがねをつくることを念願する」

地場産業を築き上げたいと尽力された 増永五左エ門らしい思いです。



わが社 マコト眼鏡も、その精神を引き継いで眼鏡をつくっております。

032-3.jpg
  歩AYUMI 032 col.0907 

 当社の会長はいつも言います、

  「私たちが、たとえ何百枚作ったとしても、

   掛けるお客様に届く眼鏡は1枚。

  だから、1枚たりともおろそかに作ってはいけない。」 と。

     *   *   *   *   *   *

 
  さてさて、このお話は次回に続きます。

どうぞ、次回もお付き合いくださいませ。


テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

  1. 2015/09/14(月) 05:00:00|
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『歩』“AYUMI”

Author:『歩』“AYUMI”
『歩』“AYUMI"は、眼鏡メーカーである、マコト眼鏡のオリジナルブランド。
福井県に眼鏡を持ち込んだ始祖、増永五左エ門の血を受け継ぎ、誠実な姿勢で眼鏡をつくり続けています。

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