セルロイド眼鏡 『歩』“AYUMI”

掛けやすさへの飽くなきこだわりから生まれた 『歩』“AYUMI”の話

少しだけ昔のお話 の巻


少しだけ 昔のお話です (笑)


私の通っていた中学校は、

3つの小学校を卒業した生徒達を一同に集める

1学年が、9クラス 360人の大きな中学 でした。

「天皇の料理番」という番組をご覧になった方は、

思い当たるかも知れませんが、

主人公 秋山徳蔵さんが、生まれて初めて洋食を口にして

それをきっかけに料理人を目指すことになった

三十六連隊の駐屯地 

その跡地に建てられた中学校です。


100810_rentai.jpg


今年は、その中学校を卒業してから 30年以上が経ち

その間ほとんど音信不通だった同級生達との

再開の機会に恵まれました。


30年以上の歳月は、各々の持つ仕事の上では、

間違いなく重鎮化しておりまして、

いただく名刺も なかなか重い役職です。

漢字の並ぶ役職

 取締..... 事業....長

 チョッと待って~  眼鏡眼鏡~

 あ―

   取締役 事業本部長

 とかいう場面があちらこちら、、 

  セーラー服や学生服で、駆け回っていたあの頃と思い合わせて、

  失笑。

l_1016_m.jpg


 


 もし、眼鏡が発明されていなかったら、

 日常に支障があったに違いありません。

 眼鏡やレンズの発祥には、諸説あるようですが、

 遥か昔から工夫を重ねて、より快適に

   「 見ることを可能にする 」
 
 努力を重ねてきた結果の、今日です。



 安土桃山時代に、メガネを掛けた異国人を初めて見た人は

  異国人には、目が4つある と驚いたそうですから、

 眼鏡は海外から伝わったものであるようです。

 但し、欧米人とくらべて、彫りの浅いタイプ顔の日本人が、

 鼻パッドを発明したと言われております。

l_1011_m.jpg

 
   いずれにしても、眼鏡の存在は

  無くてはならないものですね。



   増永五左エ門が福井県に眼鏡産業を持ち込んでから、

   110年が経ちます。
 
   

    今、縁あって、私がこの鯖江の地で 増永の血を受け継いだ家に嫁ぎ、

    眼鏡製造に携わっていることの不思議も感じながら、

    このように色々な歴史が連綿と続いて行く事が、

    とても感慨深い 同窓会でございました。


    


  
    

  
  




テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

  1. 2015/08/24(月) 05:00:00|
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『歩』“AYUMI”

Author:『歩』“AYUMI”
『歩』“AYUMI"は、眼鏡メーカーである、マコト眼鏡のオリジナルブランド。
福井県に眼鏡を持ち込んだ始祖、増永五左エ門の血を受け継ぎ、誠実な姿勢で眼鏡をつくり続けています。

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