セルロイド眼鏡 『歩』“AYUMI”

掛けやすさへの飽くなきこだわりから生まれた 『歩』“AYUMI”の話

福井県での眼鏡工業の歴史 ⑥

本日もこのブログを訪れていただき、

ありがとうございます。

おかげさまで、先だっての展示会でも

「福井での眼鏡工業の歴史 のお話を興味深く読んでいますよ」

言われることも多々ありました。

先人の苦労や意気込みを少しでもお伝えできているのでしたら、

幸いです。

それでは、今日もその歴史の続きを、お話させていただきます。




増永五左エ門が、1905年に福井で眼鏡産業を始めてから、

10年近くの年月が経ち、

工場は徐々に拡大していきました。

ですが、そうそう利益は上がらず経営も容易ではありませんでした。

どうすれば、この苦境を切り抜け、事業を進展させられるか

頭を悩ましておりました。

そんな時、世界情勢に大きな変化がおきます。

 第一次世界大戦です。1915年のことでした。

日本国内は、軍需景気で盛り上がることになります。

眼鏡も発注が増加します。

時代が、福井の眼鏡産業の窮地を打開してくれること となるのです。


更に、素材という点で、大きな転機も訪れます。

金属ではない、

セルロイドの登場です。

セルロイド生地
(セルロイドの生地素材」は、1枚が、畳ぐらいの大きさがあります)


アメリカでは、セルロイド眼鏡が作られます。

当時の映画俳優の ハロルド .ロイド がセルロイド眼鏡を掛けて、

大流行を巻き起こします。

削った前枠

 (日本にもこれより前の第一次世界大戦中に、アメリカのセルロイド眼鏡が
   入ってきていたようです、先人達もそれを目にしておりました。)


セルロイド素材を扱えるようにする事、それが先人達の

新しい大きな課題となりました。

セルロイド生地1

ですが、福井の眼鏡界が、本格的にセルロイドと取り組んだのは

昭和の声を聞いてからでありました。

増永五左エ門のような人でも本格的にセルロイドに取り掛かるまで

相当に時間が掛かっているのは、

業界の指導者として慎重に構えていたからに違いありません。


どんな時にでも、彼の肩には眼鏡産業発展への責任が、

重くのしかかっていたことでしょう。


   さて、今日はこの辺にさせていただきます。


    来週に続きます.......




先日のIOFTで発表いたしました 歩AYUMI の新しいモデルを

ご紹介いたしましょう。

DSCN2215.jpg
 歩L-1023 Col.0473 (こげ茶ササ)

DSCN2222.jpg
 歩L-1025 Col.1265 (赤)

DSCN2219.jpg
 より解りやすい表示になりました。

DSCN2226.jpg
歩AYUMI は、まさしく セルロイド眼鏡 でございます。

今日は、さらっとご紹介いたしましたが、
来週は、このモデルのバリエーションも併せて詳しくご紹介いたします。


どうぞ来週も是非、お付き合いくださいませ。





テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

  1. 2015/10/19(月) 05:00:00|
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プロフィール

『歩』“AYUMI”

Author:『歩』“AYUMI”
『歩』“AYUMI"は、眼鏡メーカーである、マコト眼鏡のオリジナルブランド。
福井県に眼鏡を持ち込んだ始祖、増永五左エ門の血を受け継ぎ、誠実な姿勢で眼鏡をつくり続けています。

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