セルロイド眼鏡 『歩』“AYUMI”

掛けやすさへの飽くなきこだわりから生まれた 『歩』“AYUMI”の話

おしょりん 福井県眼鏡工業の祖 増永五左エ門とその弟

本日も、セルロイド眼鏡『歩』“AYUMI” のブログを訪れていただき、
誠にありがとうございます。

さて、皆様はこの場所をご存じでしょうか。
私達の住む 福井県にあります

永平寺
曹洞宗大本山
0000000017_0000000151m.jpg
 

永平寺では、毎年この時期から、新たな修行僧が入門を求める
「上山」じょうざんが始まるようです。

新参の僧は、 朝に山門の前に到着して、入山の許可を待ちます。
許可は、そうたやすく出ません。
黒の法衣に網代がさをかぶった彼らは、雪の中、立ち続けます。
1時間ほどの後、先輩の僧が現れ問答が始まります。
修行の目的を問い正されます。
そして、許可されると、やっと門を通されます。

この、門が開くまでの時間は、
自分で自分に問うている時間
選んだ道に覚悟を決める時間

この門に立った瞬間から、修行は始まっています。
この門は、入山の時と下山の時
二度だけ、くぐる事が許されています。

750年の歴史を持つ永平寺です。




少し前に、私のブログで、福井県での眼鏡工業の歴史を、
史実に基づいて、連載させていただきました。
ご覧になりたいかたは、どうぞ コチラから。

福井県眼鏡工業の祖 増永五左エ門 とその弟 幸八 が、
このたび、物語になりました。
増永五左エ門は、マコト眼鏡会長 増永誠の祖父でございます。

DSCN2599.jpg

 さあ、“ おしょりん ”とは何の事でしょうか。
 「人には、二通りある。あきらめる人、あきらめない人。」
 そして、作者、藤岡陽子さんの伝えたかった事とは。
 お読みいただいて、この先人達の何かが伝われば、私達もこの上なくうれしいです。

 2/27(土) には、福井県立図書館で、
 作者 藤岡陽子氏と 本家 増永眼鏡社長 増永宗太郎氏の
 トークセッションが行われます。
 
      *        *       *

一番歴史のある 眼鏡の形といえば、丸型に違いありません。

『歩』“AYUMI”丸型を ご紹介いたしましょう。
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AYUMI- 011 Col.0907 (黒)  ¥29,500 (税別)

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AYUMI-011 Col.5339 (赤ササ)  ¥29,500 (税別)
 
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この赤い笹柄色は、黒色に次いで長い歴史をもつ色でございます。

あきらめるのか、
あきらめないのか
自分に問うてみる時があります。

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永平寺の冬は、凛とした空気につつまれますが、
特別に、2/27には、境内 5つの伽藍 が闇に映し出され、
たくさんの灯篭が、灯されるそうです。
 
それでは、また来週お会いいたしたく存じます。

(永平寺の写真は、永平寺町観光協会公式ページからお借りしました。)

   

 

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  1. 2016/02/22(月) 05:00:00|
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福井県での眼鏡工業の歴史 

今日もこのブログを訪れていただき、

誠にありがとうございます。

先週は、全国各地で、大荒れの天気でした。

12月を目前にいたしまして

いよいよ冬の到来というところでしょうか。

これは、春の桜ではなく、春と秋に2度咲く 二期桜です。
先だって、彦根城でめぐり逢いました。 関西では、彦根城にしか無いそうです。
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前回までの、10回にわたる 福井県での眼鏡工業の歴史 をお読みいただき
ありがとうございました。

今日は、番外編 として、その後のお話を少しだけご紹介させていただきます。

      *     *     *    

第二次世界大戦が終戦をむかえました。

数年にわたる戦時体制と敗戦によって、日本の人々は、

疲弊しきっておりました。 

そんな時、天皇陛下に、

「全国をまわられて、日本国民を励まされてはどうでしょうか」と

進言された宮内庁長官がおりました。

この宮内庁長官は、福井藩主 松平春嶽公のご子息でございました。

天皇陛下は、福井にもおいでになり、

焼土の中から復活しようと頑張る 福井の眼鏡産業をも

激励されました。

しかし、近くでお話をお聞きしていた眼鏡関係者が、

天皇陛下のお召し物が、あまりにも粗末であったことに

言葉を失ったというお話が残っております。


この行幸によって、福井の人々をはじめ、

打ちひしがれた日本国民が勇気づけられたのは、

間違いありません。

そして、誰もが、新しい時代に向かって進み始めたのでした。

それが、今の私達の礎ともなっていることを忘れてはならないと

思います。(番外編 終わり)

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これが、現在の福井駅。
来たるべき、新幹線の開通に備えて、駅のまわりの整備が、
着々と進んでおります。
福井は、恐竜王国と呼ばれ、
日本の恐竜化石の大部分が
発掘されています。

まさか、この福井、
恐竜がシンボル になろうなどとは、
そして、眼鏡の一大産地 となろうとは、
松平春嶽公や、そこに出入りしていた 
革新的な坂本龍馬でさえも
思いも寄らないことであったでしょう。




さて、本日は、

歩AYUM I 15周年モデルをご紹介いたします。

新しくなりました 歩AYUMIのホームページ の画像でございます。

歩 15周年 記念モデル MK-02 Col.0907 ¥45,000(税別)
mk_02_l_convert_20151129144508.jpg
独特の風格をもっております。
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手仕事の塊 ともいうべき形です。

このように説明させていただくと、いかにも厳格な、男性的  と思われがちですが、

実は、ファッションショーでは、こんなにやさしい女性にも掛けていただいております。
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(この写真は、スタイリスト 浅野千恵さん の主催された パーティーでの写真です)



いつも、この私の拙い文章にお付き合いいただきありがとうございます。

現在、次にお伝えしたいお話を取材中です。

こうご期待。 とは、断言できませんが.....


また、来週もお会いできましたら、幸いでございます。

このブログでお待ちいたしております。








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  1. 2015/11/30(月) 05:00:00|
  2. 歴史
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福井での眼鏡工業の歴史 (結び)

本日も、このブログをお訪ねいただきまして、

誠にありがとうございます。

今日は、今まで10回にわたりました

福井での眼鏡工業歴史のお話の

結びとさせていただきます。

  *      *      *      *      *

福井での眼鏡工業の祖である、増永五左エ門が亡くなってから、

3年の後 

とうとう、第二次世界大戦が始まってしまいます。

日本国内では、経済統制がおこなわれ、

眼鏡枠の生産も、軍用品優先となり、

一般向け商品は、二の次となります。

眼鏡枠を作っていた工場は、航空機部品などを作る軍需工場に

切り替えられ、増永の工場は、海軍航空本部の特需品製造工場の指定を受け、

軍用眼鏡の生産に励むこととなります。

ですが、各工場とも、技術者たちが招集され、

人材不足に、材料不足が追い打ちをかけるという

厳しい冬の時代を過ごさなければなりませんでした。

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(これは、真冬に咲く 越前水仙。寒風の吹く海辺の斜面に凛として立つ花です。
そのひたむきな姿は、苦難の時代の先人達と重なるような気がします。)

そして、昭和20年の終戦。
 
冬の時代を我慢し続けた 福井の眼鏡は、

いち早く焼土の中から立ち上がりはじめたのでした。

増永五左エ門らの遺志を受け継ぎ

次の時代の幕開けを感じながら.......  (結)



  *      *      *      *      *

長らく、このお話にお付き合いいただき、ありがとうございました。

奇しくも、勤労感謝のこの日に、先人達の苦労と努力に感謝して、

福井での眼鏡工業の歴史 立ち上がり時代についてのお話を

結ばせていただきます。 

次の時代のお話は、また いつかご紹介できたらと  思っております。



増永五左エ門が始めた 福井での眼鏡工業は、

今年で110年になります。110年間 継承されてきた技術を

今も若い世代が受け継いでいます。

そして、更に受け継いでいってほしい。そんな願いを込めて、

この画像を作りました。

ありのままの場面と音をお届けしております。








* 歩AYUMI のホームページも新しくなりました。

  より わかりやすく ということを心がけまして、

  新たに、歩についての説明や、

  全国の歩ブランドのお取扱店様も 掲載させていただきました。
  
   上記の動画もこのホームページからご覧いただけます。

      歩 ホームページへ 
 
 
 
                   
 最後に、新たに出来上がります リピートのモデルをご紹介いたします。

 歩L-1010 全6色でございます。
L-1010 6273
  COL.6273 (通称 錦鯉と呼ばれる 日本的な配色です)
1010 0907-1
  COL.0907(漆黒)
1010 5265
  COL.5265(バラフ  亀の甲羅 鼈甲の色を模しています)
1010 5122
  COL.5122(アユミブルー 歩にしか存在しない 濃紺のセルロイド)
1010 0674
  COL.0674(アユミパープル 歩にしか存在しない 紫のセルロイド)
1010 0473
  COL.0473(こげ茶ササ 人気の高い品のあるこげ茶色)

 12月初旬のお届けとなります。



 いよいよ来週は、師走でございます。

 気ぜわしい時期となって参りますが、

 また、来週お目にかかれましたら幸いでございます。








 

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  1. 2015/11/23(月) 05:00:00|
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福井県での眼鏡工業の歴史 ⑩


福井は、いよいよ灰色の空の日が多くなり

もう2週間も経つと、雪の混ざったような冷たい雨が

降ったりいたします。

また、じきに冬がやってきます。

さて、今日も福井での眼鏡工業の歴史を

お話させていただきます。

今日も少しばかりお付き合いくださいませ。




いろいろな努力の結果、

福井の眼鏡界も、いよいよこれから加速しようという時、

日本の戦時体制突入という試練が襲います。

そして、日本だけでなく、世界が大変な時代を迎えておりました。

冬の時代が始まってしまいます。

そんな、昭和13年 眼鏡つくりにかけた 増永五左エ門は、

68歳の生涯を閉じました。

ひとつの時代が幕を閉じたのだと思います。

彼は、寡黙な人であったそうです。

そして、彼自身は、全く製造技術を習ったり

覚えようとはしなかったそうです。

彼は、黙々と工場を見て回り、

売り込みに行き、資金繰りに奔走しました。

そして、「仕事は、人」という信念で、

職人に やる気 を起こさせることを

何よりも大切に考えておりました。

皆が豊かになることを願って眼鏡を始めた、

彼だからこその 哲学 であったと思います。


そんな彼は、生前、いろいろな苦難に見舞われたとき、

いつも文殊山を仰いで、思案していたそうです。

DSCN2118.jpg

そんな五左エ門の石碑は、生野町の入り口で、

今も文殊山を仰ぎ見るようしっかりと立っております。


 福井の眼鏡工業は、この「大将」をなくし、

 更に冬の時代を迎え、時代の荒波に揉まれて行く事に

 なりますが、志を継いだ人達の努力は続いていきます。

   この続きは、来週にさせていただきましょう。

 
 

  2015年の今、

  時代が変わったとしても、

  受け継いでいくべきことがあると、私達は考えます。

  それを、「歩 AYUMI」に込めております。

  出来上がりました 歩AYUMI をご紹介いたします。

  歩 L-1017

Col.6052 (ベージュ透明)    \29.500(税別)
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Col.5122 (アユミブルー)
DSCN2325.jpg
Col.0674 (アユミパープル)
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Col.6273 (オレンジグレー/腕 クロ)
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Col.0473 (こげ茶笹)
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Col.0930 (グレー透明)
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この他、もちろんCol.0907 (漆黒)もございます。

以上、7色展開で出来上がりました。 お待たせいたしました。

 お早めのご予約をお待ちいたしております。


 そして、また来週もこのブログでお目にかかれますと幸いでございます。

 どうぞ、暖かくしてお過ごしくださいませ。






 

 
 

  

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  1. 2015/11/16(月) 05:00:00|
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福井県での眼鏡工業の歴史 ⑨

本日も、このブログを訪れていただき、

ありがとうございます。

福井県での眼鏡工業の歴史を ご紹介し始めてから

おかげさまで、9回目となりました。

今日も少しばかりお付き合いいただけますと

幸いでございます。

     *       *       *

さて、日本では、時代が大正から、昭和に変わり、

世界でも、事情が大きく変わっていきます。

先人達は、世界の不穏な気配を感じながらも、

眼鏡作りについての努力を怠りませんでした。

金張りの眼鏡製造を成功させた先人達は、

さらにセルロイド枠の製作についての

研究にも取り掛かります。

現代のプラスチック系の眼鏡は、ほとんどがアセテートという素材ですが、

その頃は、唯一 セルロイドだけが、プラスチック系の素材でした。


増永の工場と、先人の有志達が集まり、共同の工場として

セルロイド製品の研究製作を行うことになりました、

この時にも、大阪のタバコのパイプなどを作る工場から、

セルロイドの加工知識がある職人を招き、

まずは、その加工知識を吸収しながら、

セルロイド眼鏡を作るための 道具 を試行錯誤で

コツコツと1つずつ作り出していったようです。


ドリルたち
(現代では、眼鏡を作る道具は、当たり前のように存在しますが、
先人達は、この道具をまず考えなくてはならなかったのですから、
どれだけの試行錯誤を繰り返したのでしょうか。)


一方、金張り枠はその頃、出荷のピークを迎え

眼鏡業界は活況を呈していたのです。

ですが、思いも寄らない大打撃が、

眼鏡界を襲います。

かねてより不穏だった状況が、

決定的な、日中戦争勃発 となるのです。

戦時体制突入により、「金使用禁止令」が、発令され、

有無を言わさず、即日に施行されました。

金を使用していた眼鏡製作は、

一気に仕事が無くなる 

という想像もつかないような不運に見舞われます。


どのようなことも順風満帆とはいかないものですが、

先人達を待ち受けていた逆境は、

生易しいものではなかったようです。


それでは、今日は、この辺にさせていただくといたしましょう。




先人達の苦労した セルロイド製の眼鏡だけを

現在も作り続けているブランド「歩AYUMI 」でございますが、

この、歩 Lシリーズの中でも大変人気のあるモデルです。

出来上がるたびにすぐに在庫がなくなって、

ご迷惑をお掛けしておりました。

ですが、そろそろ補充できそうでございます。お待たせいたしました。

どうぞ、お早めにご予約くださいませ。

歩 L-1017  COL.0930(グレー透明)   ¥29,500(税別)
DSCN2296.jpg
このカラーは、このモデルには、初 お目見えでございます。
DSCN2299.jpg
元々、薄く細いタイプのLシリーズでございますので、
すっきりした印象のあるこのモデルですが、
この色は、少し柔らかな雰囲気を醸し出すことでしょう。

この、L-1017の他のカラーバリエーションは、
 0907(漆黒) 
 0473(こげ茶ササ)
 0674(アユミパープル)
 5122(アユミブルー)
 6273(通称 錦鯉 オレンジグレー混) 
 6052(ベージュ透明)
 で、ございます。  来週は、フルカラーでご紹介いたします。



さて、今日は経済産業省が、世界にむけて日本の素晴らしさをPRするために、
製作いたしました、PRビデオの 福井県紹介ページをご紹介いたします。

 福井といえば、恐竜  眼鏡  越前和紙  越前そば 
  どうぞご覧くださいませ。 私達の会社の眼鏡作りが取り上げられております。

  冒頭の銅像は、、福井県眼鏡工業の祖 増永五左エ門でございます。

 




それでは、また来週もお目にかかりたいと存じます。




















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  1. 2015/11/09(月) 05:00:00|
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プロフィール

『歩』“AYUMI”

Author:『歩』“AYUMI”
『歩』“AYUMI"は、眼鏡メーカーである、マコト眼鏡のオリジナルブランド。
福井県に眼鏡を持ち込んだ始祖、増永五左エ門の血を受け継ぎ、誠実な姿勢で眼鏡をつくり続けています。

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